しろいせいじんの日記

趣味について雑多に書いています

【つぶやき】杖道について最近考えていること

 

こんにちは、みやまです。

前回のMinecraftの記事を更新してから長~い一息をついていました。

 

 

杖道のことを考える日々

おかげさまでボチボチ続けられている杖道ですが、早いもので丸9年(たぶん)になります。先日、先輩や後輩の昇段審査がありましたので、ここ数週間は特に杖道について考えていました。

指導者としての自分を考える

今まではまずしっかりと先生の教えを守り、先輩方の後についていくように稽古してきました。武道初心者たるもの、まずは先生の教えを信じて懸命にやるということが性格にも合っていたようです。

最近は有難いことに、教えるという機会をいただくことが増えました。

指導する側に回ることで、より自分の技術面・知識面の未熟さを痛感します。出来ないことはもちろん、理解しきれていないことも教えることはできません。もう少し工夫が出来ればよいのですが、杖道以外の武道経験がなく、活用できる知識や経験に乏しいと感じています。

何かが理解できる・腑に落ちる瞬間というのはタイミングがあるものと思うので、繰り返し指導していくことが大切になると思います。ただ、やはり自分が伝えていることのうち、伝わるのは本当に僅かであるとも思います。

相手がいることは何にしても難しくて楽しいですね。自分自身の稽古も続けながら、日々考えていきたいと思います。

審査に向けた稽古を考える

普段の稽古と、審査に向けた稽古は何が違うでしょう。

自分がどのように審査前を過ごしたかを振り返ることも必要でしたが、もっと視野を広げて、学生時代のテスト前を思い出してみれば良かったと反省しています。

日常の勉強では学びながら気になったところを深堀りしてみたり、苦手な分野を繰り返し学んでみたりと自由度が高いと思いますが、テスト直前は過去問を解いたり実践に近いような問題を時間を決めて行ってみたりと、テスト本番を想定した行動をしていましたね。

つまりは杖道においても、審査に向けた稽古では、審査本番を想定してみることが重要になると思います。(私は今回対策が甘かったと反省中です。)

具体的には審査上の着眼点を確認してみたり、本番を想定して入場から退場まで緊張感をもって演武してみたり、審査中にしてはいけないことを指導したり、そういったことですね。

大切なことは日々伝えているつもりですが、いざ本番になると、緊張感から焦ってしまうことも多いので、稽古の中で最終確認ができると良いのかもしれません。

まだまだ何にしても甘くて未熟だと反省するばかりです。

教えの解釈について考える

指導する経験というものは自分自身を振り返る機会にもなっており、果たして私自身は先生の教えを、先生が伝えたいとおりに解釈できていたのか?と疑問に思うようになりました。

杖道は形武道なので、動き方やその根拠などは解説書にあるように理解できます。

頭を守るように動くこと、太刀に切らせてから後の先で動くこと…杖道の動きに共通すること、先生に教えていただいたことはもちろんですが、何といいますか、武道としてはもっと深くに本質があるような気がしてならないのです。

解説書や教本には載っていない、先生の言葉の表面にも現れないような、言葉の裏を考えるような、言語化の難しい本質的な部分がありそうだと、その部分が掴み切れていない感覚があります。

先生の教えを思い出しては共通するような考え方を探ってみたり、迷ったときに先生ならどう判断するかを考えてみたり…やり方が合っているのか分かりませんが、まずは先生の判断の根本的な部分をもう少し掴みたいと思います。

私の杖道の技術面の課題としては手の内の使い方や足腰の弱さが挙げられますが、一朝一夕にはいかないものなので、技術的な部分も本質と思われるような部分も、稽古をしていく中で掴めるものがあるといいなと思っています。

何かを掴むためにはアンテナを立て続けることが大切だと思うので、ふとしたきっかけに敏感に気が付けるようにしたいものです。

 

武道においては文章にできないことも多々あると思います。

特に杖道は相手がいるという特徴があるので、より考えることが多く面白いです。

今、感じていることや考えていることをつらつらと書いてみましたが、いつかの自分の思考の整理に役立つと良いなと思います。引き続き、稽古に励んでいきます。