こんにちは、みやまです。
アガサ・クリスティーの「スタイルズ荘の怪事件」を読みました!
これまでの読書歴を振り返りつつ、クリスティー作品などについて感想を書いていきます。
アガサ・クリスティーの作品
最近めちゃくちゃハマっていまして、読みやすさもストーリーも好みです。作品がたくさんあるので読んでも読み切れないのではないかとウキウキが止まりません…!本屋に立ち寄るとつい1冊買ってしまいます。
今までの作品で読んだものは、オリエント急行の殺人、そして誰もいなくなった、アクロイド殺し、春にして君を離れ、ABC殺人事件、そして今回のスタイルズ荘の怪事件です。
ご存じの方はお分かりかと思いますが、エルキュール・ポアロシリーズが多いですね。
社会人になってからというもの、小説を読むと読後感はとても良くてもストーリーを覚え続けることが難しくなり、読んだか読んでないんだか分からなくなることも増えてきました。クリスティーの作品はいずれも印象的でどのような話だったか、思い出すことができます。これがとても嬉しいです。
忘れてしまうことへの考察
幼いころはどれだけ月日が経っても読んだ本は思い出せたのですが、最近は読み終わってしばらく経つと忘れてしまうのが悲しいところと思います。もう一度読めるという喜びも半分かもしれませんが、もう一度読みたいと思う本は印象的な(ある程度思い出せる)本が多いので、なかなか折り合いをつけるのが難しいところです。ちなみに、明らかに衝撃的な話…最近では「ぼきわんが来る」「殺戮にいたる病」「さよなら、シリアルキラー」などはよく覚えています。
小説を読むことは大好きなのですが、これまでの読書の積み重ねや社会人経験を通して「衝撃」と感じるシーンが減ってしまったことが、忘れてしまう1つの誘因かもしれません。小さい頃はどのようなシーンも印象的で忘れられない読書体験になっていたのかなと思うのですが、人間生活に慣れてしまった弊害といいますか、色々なことに慣れてしまった自身の感覚という問題もあるのかもしれません。
また、日常生活に忙殺されて、覚えておく隙が無いということも1つとも思います。読書中は集中して、感情も揺さぶられますが、ずっと覚えているということは即ち自分が揺さぶられ続けるということです。社会人としては心身ともに安定して動くことを求められていると思いますので、そういった自分を不安定にさせる因子は無意識のうちに忘れていくのではということも考えられます。
元々、感動系のストーリーはあまり読まないのですが、久しぶりに読んで感動して良かったな~なんて思っても、良かったことだけ覚えていて詳細は全然覚えていなくて驚きます。受動的な感動体験やホラー体験よりも、推理小説のように自分の頭を動かして読むような小説の方が記憶に残りやすい可能性もありますね。
忘れてしまうものは仕方ないといえば仕方ないこととも思います。
忘れてしまう分、記憶の欠片をたどって覚えている本を読み返していく過程を楽しむことも良いと思えるようになってきました。それこそ、幼いころは本の内容を覚えているので、読み返す必要を感じなかったのです。
学生時代に読んだオルダス・ハクスリー「すばらしい新世界」は当時ものすごく印象的で、ディストピア・SFに手を出すきっかけになりました。覚えているものもたくさんあるのですが、それ以上に忘れていることも多いので、また読み返したいなと思っています。昔から、読書中に印象に残った言葉をメモしていたので、それを見返してもいいかもしれません。
アガサ・クリスティーの作品は、いずれも記憶の欠片として残りそうな気がしています。詳細はもちろん忘れてしまうのかなと思いますが、こんな感じの結末だった気がする…と覚えているだけで、読み直すきっかけになります。結末を知っていても何度も読みたくなる本に出会うことが出来て本当に嬉しいです。
ポアロとホームズ
シャーロックホームズシリーズも時間がかかっていますが読み進めていまして、どちらの名探偵も面白い人柄ですよね。
個人の感想ですが、ホームズはどちらかと言えば知識を持った天才肌、ポアロは積みかさねてきた秀才のような印象があります。どちらの探偵も、観察が大切であること、些細な事こそが大切であると作中で話していますね。観察の大切さ、些細なことを軽んじないことは現代における看護や保健、医療分野でもかなり重要になると思っています。
助手兼語り手としては、ホームズにはワトスン君、ポアロにはヘイスティングズ君がいますね。これも勝手な個人の感想ですが、ワトスン君はホームズを尊敬している人として自分とは一線を引いているような大人びた印象、ヘイスティングズ君はポアロを同等の友人として接しており感情の波が比較的激しいような印象です。両者は私たち読者に寄り添い、思考を代弁してくれるような立場でもあると思うので、なんとなく近しいように感じるキャラクターですね。
魅力的なキャラクターがいるのは読んでいく中で安心感があります。アガサ・クリスティーの作品には、ポアロの他にも「ミス・マープル」「トミー&タペンス」という探偵がシリーズ内で登場するようなので、いずれ読んでみたいなと思っています。
ホームズの作品の中で、印象に残っているセリフがあります。一言一句同じではないと思うのですが、ホームズがワトスン君と会話しているところで、「人は自分に理解できない相手がいると馬鹿にして笑うものだ。ゲーテはいつも簡単に上手いことを言うね。」と言うのです。これは現代でも通じるところですよね。そしてゲーテも読んでみたくなるセリフです。ホームズシリーズは、人間について核心めいたことを鋭く表現する場面がある気がしているので、本編の推理に加えてそういう点もとても興味深くて面白いと思います。
反対に、ポアロはそういった哲学的な部分はあまり話さない、どころかヘイスティングズ君に引用を訂正されそうになっていたりする可愛らしさのあるキャラクターな気がします。クリスティー作品は、哲学的な要素よりも推理小説に全振りしたようなストーリーとしての面白さが大きいと思っています。推理小説の結末を、こんなにも多岐にわたって思いつくものなのか?と心から尊敬します。しかも、私はまだまだクリスティー作品に触れることができていません。どんな展開のお話が待ち受けているのか、ワクワクしながら過ごすことができる!まだまだずっと!!とても嬉しいですね。
スタイルズ荘の怪事件
ネタバレを避けて書きますが、このような展開になると想像できた読者はいたのでしょうか?と思わざるを得ません…。前書きにヒントが載っていたのでずっと頭の片隅に置きながら読み進めていましたが、解釈方法が分かっていませんでした。
ただ、ストーリー序盤に感じた違和感、疑問が、最終的には結末の大きなポイントだったと知った時にはとても嬉しかったですね。この「些細な違和感」は大切なことだったんだと思うことが出来ました。
登場人物が多い(と思っている)ので、最近は家系図を描きながら読んでいます。どの人物も当たり前ですが人間としてのキャラクターがあり、思考があり、行動があります。自分なりに記憶に残るポイントをメモしておくと、登場人物を整理することができてとても良いです。読み終わった後に見返すのも楽しいです。

キャラクターをきれいに動かすことができるのは本当にクリスティー作品のすごいところですよね。人物像がぶれないまま、それぞれに絡み合ってストーリーが織り重なっていくのは本当に素晴らしいです。読んでいてワクワクして、楽しい、それに尽きます。
スタイルズ荘の怪事件が、クリスティーのデビュー作品と読みました。どうしたらデビュー作でこのような作品が書けるのか?引き続き人を魅了する作品を作ることができたのか?不思議で仕方ありません。クリスティー作品に触れることができる現代に生きていて幸せです。
読書はしたいときに一気にするのが好きなので、また読み進めたら書き散らしたいと思います。